家づくりこぼれ話!

こんにちは 

建物と土地とお金のプロ菅原です。

住まい文化の栞

絵心が磨く家

尾形光琳は、江戸時代の活躍した

日本画の巨匠であり、

琳派の創始者として

広く知られています。

その晩年の傑作「高白梅図屏風」は

国宝に指定され、

左右に描かれた梅の構図や技法は、

今もなお多くの研究者によって

詳細に分析され続けています。

そんな光琳ですが、

じつは

自身の住む家も設計していました。

つまり、

建築家としての一面も

持っていたのです。

江戸で数年間暮らした後、

京都新町通り二条下ルに

新居を構える際、

彼は自ら設計図御描き、

何度も修正を加えながら

理想の空間を追求しました。

現存する設計図からは、

迷いながらも納得のいく家を目指す

光琳の姿がうかがえます。

裏書に「極め」と記した

最終的な設計図では、

当初予定していた

アトリエの場所に茶室を設け、

アトリエは2階に移されました。

まさにこの2階のアトリエで、

後に名作「紅白梅図屛風」が

生み出されたのです。

また、茶室の展開図には

中央の躙り口や窓の配置など、

光琳らしい美意識が

随所に表現されています。

この住まいは現在、

熱海のMOA美術館で

忠実に再現されており、

管内の茶室から玄関を望む風景は、

光琳が遠近感や空間のバランスに

優れた建築的感性を持っていた証とも

いえるでしょう。

実際、空間の使い方を

深く意識して茶室を造り、

天井の高い2階の絵所で

その才能をいかんなく発揮しました。

象徴的に図案化された

画風を生み出した光琳の頭の中には、

しっかりと遠近感をつかんだ

建築家としての感性が

生きていたように思えます。

尾形光琳は、

ラファエロやレオナルド・ダ・ヴィンチ

のように、

絵画だけでなく建築にも

深い造詣を持った

多彩な芸術家でもあったのです。

本日はこれまでです。

おうちのはなしからでした

では、では。

「家づくりを通じて、

ご家族が幸せになるお手伝いをする」

私の使命です。