家づくりこぼれ話!

こんにちは 

建物と土地とお金のプロ菅原です。

住まい文化の栞

糸竹の慰め

鴨長明の『方丈記』は、

「ゆく河の流れは絶えずして、

しかももとの水にあらず」

という有名な書き出しで始まります。

長明は、

流れる水のように、

この世で無情なものは

「人」と「栖」すまいであると

述べています。

華やかな都で人々が競うように

立派な家を建てても、

やがては焼け落ちたり、

住む人が変わったりして、

永遠に変わらぬものなどないのだと

語るのです。

この時代にも地震や火災、

飢餓などの災厄が多く、

人々は自然の前で

無情を痛感しました。

そんな世の中で、

長明は自らの理想を求め、

方丈庵という小さな庵を建てます。

わずか一丈(3.3m)四方の空間に、

東の庇の下にかまどを設け、

南には竹の簀子を敷き、

北には阿弥陀の絵像を安置します。

西南の棚には歌集や楽書を納め、

隅には琴と琵琶を

立てかけていたといいます。

30代に建てた家は

生家の10分の1、

そして方丈庵は

その100分の1の規模でした。

そこには

「少なく生きる」ことへの

覚悟があります。

長明は、

住まいを仮の庵とし、

衣は身を覆えばよく、

食は野の草や木のみで

足りると述べています。

人との交わりを絶ち、

牛馬に頼らず、

自らの足を乗り物とする。

その生き方は一見、

孤高で清貧の理想を

体現しているように見えますが、

どこかに世の未練や

自らの心の慰めを

求める気配も感じられます。

なかでも注目すべきは、

「只、糸竹・花月を友とせん」

と記したことです。

「花月」は自然、

「糸竹」は楽器を意味し、

さらに糸は弦、竹は管を指し、

楽器を弾く音こそが、

孤独の中の彼を慰める

支えであったのでしょう。

随筆『方丈記』

を残したこと自体が、

人とのつながりを完全には

断てなかった証でもあります。

どれほど無常を悟っても、

心のどこかで人は音や言葉を通して

誰かに寄り添いたい。

鴨長明が手放せなかった

「糸竹」は、

そんな人間のぬくもりへの

名残りを象徴しているのかもしれません。

本日はこれまでです。

おうちのはなしからでした

では、では。

「家づくりを通じて、

ご家族が幸せになるお手伝いをする」

私の使命です。